猫問題が招く妖怪文化の衰退危機

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水木しげる先生の逝去後、妖怪文化をいかにして継承すべきか。近年の猫問題を通じて、妖怪文化の衰退危機について考察する。―2017年 境港妖怪検定上級試験 小論文(1200字以内)

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猫問題が招く妖怪文化の衰退危機

猫問題が招く妖怪文化の衰退危機

 妖怪は、自然や夜の闇にひそむ存在として、古くから日本の文化に根付いてきた。しかし、近年の都市開発や自然環境の変化により、こうした妖怪が息づく空間は次第に減少し、妖怪文化もまた、衰退の一途をたどっている。そして今まさに、存亡の危機に直面しているのが「猫妖怪」である。  猫は、自由に外を歩き回る存在として、多くの人々に親しまれてきた。しかし、近年のペットブームを背景に、野良猫や外飼い猫などの「外猫」が急増し、糞尿や騒音などの問題―いわゆる「猫問題」が顕在化している。  猫の糞は、人畜共通感染症を媒介する危険がある。また、外猫は、「世界の侵略的外来種ワースト100」に選ばれた外来種であり、地域の生態系にも悪影響を与えるとされている。こうした問題に対処するため、保護譲渡やTNR(捕獲・去勢・戻す)などの、外猫を減らす活動が進められている。  しかし、日本人は、自由に外を歩き回る猫に神秘性を感じてきた。猫の妖力の源は、まさに外の世界にある。妖怪文化を守るためには、この流れを決して見過ごしてはならない。  猫神は、養蚕の守護神として崇められた。これは、養蚕農家が鼠による蚕の食害を防ぐために猫を飼養したことを起源とする、益獣としての猫の習性が神格化されたものである。  一方、同じ猫神でも、徳島県の「お松大権現」には、飼い猫が妖怪に変化して主人の仇を討ったという伝説がある。これは、養蚕守護の猫神とは異なり、猫の霊性が神格化されたもので、その性質は猫又に通じるものがある。猫又は、年老いた猫が妖怪に変化したものとして知られるが、その文献上の初出は、山中で人を食らう魔獣・猫股(ねこまた)である。  猫のペット飼育が一般的になった後も、山中の猫は、「マガリ」や「トリスケ」などの山言葉で呼ばれ、忌み嫌われていたという。山中の猫が魔性のものとして忌まれた背景には、山や森などの自然を、神の住処であり、死者の魂が向かう「異界」として捉えた、日本古来の思想がある。  山や森という「異界」と、人々の暮らす「里」、さらに人の暮らしの最小単位である「家」を自由に行き来できる猫は、極めて霊性の高い存在である。こうした猫から外の世界とのつながりを奪うことは、猫の霊性そのものを奪うことに他ならない。これは、単に猫妖怪の存亡を危うくするだけでなく、妖怪文化全体の衰退を引き起こす、極めて深刻な問題である。  しかしながら、外猫を取り巻く環境は厳しい。交通事故や虐待、さらには感染症のリスクが高く、たとえ行政に保護されても、最終的に殺処分される可能性もある。  猫の幸せを第一に考えるならば、外猫を減らすための活動に賛同せざるを得ない。現在進行中の猫問題への取り組みは、妖怪文化を巡る歴史の一部として、後世に伝えていくことが重要である。

参考文献

渋谷寛『ねこの法律とお金』廣済堂出版 ピーター・P・マラ『ネコ・かわいい殺し屋―生態系への影響を科学する』築地書館 『企画展「すごすぎる!ねこ展~ヒトとネコの出会いと共存の歴史~」展示図録』山梨県立博物館 桜井徳太郎『民間信仰辞典』東京堂出版 新谷尚紀,関沢まゆみ『民俗小事典 死と葬送』吉川弘文館 村上健司,水木しげる『改訂・携帯版 日本妖怪大事典』角川文庫

ダニロー

妖怪博士

ダニロー

妖怪博士(境港妖怪検定上級)のダニ妖怪。虫と人との関わりをテーマに、暮らしに役立つ情報を発信するウェブサイト「虫神の杜」を運営しています。趣味は釣りです。